生成AI革命とは、フォーマット変換の革命である
私が所属するベンチャーキャピタルANOBAKAでは、昨年4月に生成AIに特化したファンドを設立し、生成AI関連の投資に注力してきました。国内のスタートアップとの対話や海外事例のリサーチにも力を入れており、この1年間で国内の状況と海外の状況をにらめっこしながら、生成AIビジネスに関する知見も少しずつ溜まってきました。ある程度知見が溜まってきたこのタイミングで、より多くの方に生成AIビジネスに対する自身の考え方を知っていただくことで、様々な方と新しい議論ができるきっかけを作りたいという考えで、生成AI起業に関する発信を開始した次第です(自分の中で整理したいという裏目的もあります)。
スタートアップやベンチャーキャピタルに関わる皆さんも感じているかもしれませんが、現在の日本における生成AIビジネスの課題の一つに「生成AIビジネスの数の不足」があるかなと思ってます。2024年に入り、弊社が対話した生成AIスタートアップは約50社で、これは弊社全体の約10%に相当します。Crunchbaseのデータによると、2024年に入りグローバルのスタートアップへの投資額のうち約25%がAI関連に向けられており、この数字に開きは投資家側のリテラシーという背景もゼロではありませんが、そもそものビジネスの数にも起因すると思います。
このニュースレターでは、毎回5分くらいでサクッと読めるボリュームでグローバルで進展する生成AIビジネスの視点を共有し、「生成AIでこんなことができるんだ」と多くの方々に感じていただける内容を発信していきたいと思います。
記念すべき第一回のニュースレターでは、これからの発信の前提とすべく、「生成AI革命の本質はなんのなのか?」について私なりの考えをお伝えします。
生成AIは「フォーマット変換」の革命である
生成AIがもたらす革命的な変化とは何でしょうか。「労働の代替」「クリエイティビティの民主化」「知の民主化」など世間ではさまざまな表現がされていて、どれも正だしい見解なんだと思いますが、最近では私は「フォーマット変換のコストを限りなく下げた」ことが革命的だと自分の中で整理するようしてます。
特に、Chat GPTが出てきた当初よく「生成AIは労働を代替する!」みたいな言われ方をされていて、これは長期的には正なんですが、黎明期においてこのレンズで既存の市場を見てしまうと市場参入を間違えるなあと最近思うことが多く、あえてこのレンズで市場を眺めるようにしてます。
非構造化データの取り扱い
本題に入る前に、生成AIがなぜフォーマット変換の革命かの説明を補足すべく「非構造化データの取り扱い」というトピックに触れさせてください。生成AIが従来の技術との大きな違いの一つに非構造化データの取り扱いが飛躍的に進化したという点はみなさまもよくご存知かなと思います。従来の技術では、テキスト、音声、画像といった非構造化データを処理、生成することは困難でしたが、生成AIの登場によって、それが可能となりつつあります。
例えば、カスタマーサポートのデータ分析という領域では、これまでは問い合わせ内容や顧客のフィードバックは、主に構造化されたデータとして蓄積されていました。問い合わせのカテゴリーや解決にかかった時間などがその一例です。しかし、生成AIを活用することで、顧客からの自由記述や音声での問い合わせ、さらにはチャットログなどの非構造化データも処理できるようになります。これにより、顧客のニーズや課題をより深く、かつ迅速に理解し、的確な分析・サポートを提供することが可能になります。ここら辺はまた別の回で詳細解説できればと思うのですが、USではa16zやAccelから24年6月に35百万ドル(≒53億円)の調達をしたDecagonが注目のスタートアップかなと思います。
カスタマーサポートを例に上げて説明しましたが、どの業界・領域においても、莫大な影響があるのが生成AIです。マッキンゼーの調査では、生成AIが与える全世界への経済インパクトは、7.9兆円ほどであると言われていて、英国のGDPが約3兆ドルであることを考えると、相当の規模の経済効果が見込まれることがわかります。
これを裏付けるデータとして、企業における情報のうち構造化データは約20%しかなく、残りの80%は非構造化データが占めているという事実があります。従来のインターネットサービスでは、その20%の構造化されたデータを取り扱うことで業務を効率化したり、今までにない流通を産むことで付加価値を提供していました。しかし、使用できる情報は世に溢れる情報の20%であるという点がサービス設計における限界となっていました。この限界を突破できるのが生成AIです。生成AIは、世の中に溢れる情報の大多数である膨大な非構造化データを活用可能にし、これまで自動化や効率化が難しかったプロセスを一変させる力を持っています。これこそが、生成AIの革命的な側面であり、世界経済に与えるインパクトが大きい理由と言えるでしょう。
情報のフォーマット
ここで再びフォーマット変換のコストに話を戻します。非構造化データを扱えるようになったことは、あらゆる形式の情報をデータの形態に関係なく、その意味やコンテキストを理解し処理できる能力を持つようになったと言えます。たとえば、「ネコ」というテキスト情報も、「ネコの画像」も、音声で認知した「ネコ」という情報も、情報のフォーマットに問わずすべて同じ「ネコ」というコンテキストを理解できるようになったのです。
この変化がどのように影響を与えるのか、カスタマーサポートの分野を例に挙げて考えてみます。従来、返品対応では「商品が壊れていて使えないので返品したい」といったメールをオペレーターが確認し、対応していた、という状況があったとします。お客様は問い合わせフォームからテキストで状況を伝えたり、コールセンターに電話をして音声で報告したりと、情報の形式に応じてさまざまな伝達方法を用いていることでしょう。この状況では、煩雑な問い合わせ作業を行う顧客はもちろんのこと、毎回さまざまな問い合わせに対応しなければいけないオペレーターの業務も相当面倒だなと想像できます。
しかし、After 生成AIでは、単に壊れた商品の画像を送るだけで、その画像から「商品が壊れている」という情報が自動的に認識されるという世界観が実現するかもしれません。これにより、オペレーターはテキストや音声の説明を待たずに、迅速に問題を理解し、対応に移ることが可能になります。生成AIがフォーマット変換の手間を省くことで、カスタマーサポートの効率が飛躍的に向上し、顧客体験が一段と良くなることが期待されます(あくまで理想像を用いた例なので今すぐこの世界観が作り出せるかは別問題であることをご留意ください)。
カスタマーサポートに限らず、世の中には様々なフォーマットの情報が溢れています。医療業界では診断記録、処方箋、CT画像。法務の領域では契約書、面談記録、証拠資料。教育現場では教材、授業の映像データ、生徒の提出物、試験問題がそれにあたります。
このように挙げていくとキリがありませんね(笑)。従来は、これら多様なフォーマットの情報を一貫して処理することは困難であり、一部ITの力を借りつつも、人間が丁寧に対応していました。しかし、生成AIが登場することで、非構造化データ(テキスト、画像、音声など)をフォーマットに関係なく理解し処理することが可能となり、様々な情報を画一的なインプットを求められるアウトプットに変える世界が近づいています。
これが生成AIの革命的な側面であり、私はこの変革を「フォーマット変換」の革命であると整理しています。
フォーマット変換という言葉にこだわる理由
私が「フォーマット変換」という点に着目している理由は、人間は本来「フォーマットを変える」ことにハードルに感じていて、それが軽減されれば、もっと人々が幸せになれると考えているからです(少なくとも私はそう思っています)。
今回のニュースレターについても、私は重い腰を上げて執筆していますが、脳内にある情報というフォーマットをテキストに変換するだけでもかなり手間がかかりますし、さらにそれを不特定多数に読んでもらうための文章というフォーマットに整える作業もまた面倒です。
皆さまの日々の業務においても、会議の内容という頭にある情報というフォーマットを議事録というテキストに変換する作業や、それを上司に報告する必要がある場合にパワーポイント資料というフォーマットに変換する作業も同様に手間がかかるものです。これが更に社外向けの資料となると面倒くささがかなり増します。
私はB2B向けの例を用いましたが、日常生活の中にも同じようなフォーマット変換の煩わしさが潜んでいるはずです。この点を考えると、フォーマット変換に関連するビジネスチャンスはB2Bに限らず、B2Cの領域にも必ず存在すると思います。
それらの世に溢れるフォーマット変換が全て生成AIによって自動化されるのが理想である一方、現在の技術進歩とのバランスから今すぐ全てを置き換えていくのはなかなか難しいです。非構造化データの割合が大きければ生成AIと相性が良いと言えるのは言わずもがなですが、業界や業務、ロールによって生成AIが変換しやすい非構造化データがどれだけあるのかであったり、非構造化データのフォーマット同士の変換の相性などと言ったハードルがあるので、どの業界、どの業務、どのフォーマットの非構造化データであれば生成AIと相性が良いのかを考えていくことは非常に重要です。
いわゆる「生成AIと相性の良い領域を見つける」と言ったところです。
この見つける作業をする際に「フォーマットの変換」という軸を持っておくとかなり整理がしやすいなと思っているので、あえてこの言葉を多用させていただいているという側面もあります。
次回以降のニュースレターでは、ここらへんの「生成AIと相性の良い領域の見つけ方」と言ったトピックをいくつか取り上げていきたいと思います。
さいごに
第一回のニュースレターを最後まで読んでいただきありがとうございました!
一応、次回以降取り上げる予定のトピック(直近7回分)を下記しておきますので、追加で取り扱って欲しいコンテンツがあれば私のX(旧 Twitter)のDMまでご連絡くださいませ🙇
<次回以降取り扱うトピックリスト>
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生成AIと相性の良い領域の見つけ方① 〜黎明期において曖昧さが許容される新市場の開拓〜
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生成AIと相性の良い領域の見つけ方② 〜正解の定義づけが重要〜
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生成AIと相性の良い領域の見つけ方③ 〜人手不足の市場で初心者をエンパワーメント〜
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生成AIと相性の良い領域の見つけ方④ 〜需要と供給のバランスに着目せよ〜
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生成AI × BPOの可能性 〜AIで完結しない黎明期だからこその戦い方〜
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生成AI × 大企業 〜導入した生成AIチャットbotはなぜ使われないのか〜
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生成AI × エンタメ 〜普通に考えて相性悪い。使えそうなのはどこなのか〜
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生成AIビジネスの分類 〜B2B / B2C共通で使える3つの型〜
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